#01
(MOUNTAIN)
TRAVEL
登山ではない。8,000m峰で、旅をする。
(登山家)

「8,000m峰を登頂する登山家」なんて聞くと、ストイックで屈強な人を思い浮かべる。間違ってはいないけど、少なくとも渡邊直子さんは違う。屈強とは程遠いほど小柄で、顔がこんがり焼けていることを除けば、一般女性の見た目とさして変わらない。それでありながら、2006年から2021年までに8,000m峰を8座登頂し、2022年4月から8月にかけて5座登った。

今年はネパールにあるローツェ(8,516m)を2ヶ月間で登って、そのあとにパキスタンにある4座を2ヶ月かけて登ってきました。パキスタンの山はネパールの山より壮大で、特にナンガ・パルバット(8,126m)のベースキャンプはグリーンがすごいんですよ。花も20種類くらい咲いていて、マジ、最高でした。
まるでちょっと観光してきたかのように事も無げに言うけれど、そこは酸素も薄く、氷河が山を覆い、クレバスもある。並大抵の体力と気力では登頂は愚か、ベースキャンプまで行くのも難しい。

もちろん、危ないこともありました。パキスタンの山って、あまり人が行かないからフィックスロープ(難所を登るために設置されている固定ロープ)がないんです。だから標高8,000m近くの場所にある幅10数センチの足場のところを、命綱なしで渡ったりもしましたね。あれは本当に怖かった!
気温はマイナスを下回り、酸素ボンベを含めた数十キロの荷物も背負う。狭小の足場と断崖絶壁。その状況のなか5分かけて、シェルパと2人、その難所をクリアした。

ガッシャーブルムII(8,035m)のサミットプッシュも大変でしたね。吹雪がすごくて、前に歩いたシェルパの足跡も数秒後にはなくなんるんです。だから自分で雪を掻き分けなきゃいけなくて、それを5時間くらい続けたのかな。そのときは「何やってんだろう私」ってなりました(笑)。
2022年前半のピークハントは一旦終了。残る一座、シシャパンマ(8,027m)へも来年秋に登頂予定だ。けれどそこは中国政府管轄のため、許可は簡単に降りない。現在、日本政府に働きかけるとともに、ネパールからも申請を出し、日本政府にも働きかけてもらえないかのお願いをしている最中だという。

死に直結する。高所ゆえに酸素や食料の残量も考慮しなくてはいけないし、どのタイミングでアタックするか、はたまた下山するかの判断に迫られる。

たとえば、ナンガ・パルバットに行ったとき。数名のパーティで行ってたんですけど、そのなかに6ヶ月で8,000m峰14座の登頂を目指している女性がいたんです。彼女は時間がないから焦っていて、途中休憩もせず山頂までアタックした結果、疲労と睡眠不足で滑落するリスクもあって、めちゃくちゃ時間がかかったんです。でも私は、一旦1泊してからアタックして、彼女より安全に、かつ短い時間で登頂できました。そんなことがたくさんあって、我ながら、今回のマネージメントは完璧でした。
パーティは、国籍も宗教も、置かれた境遇も全部違う。意見が分かれることは当たり前。そのなかで調和を取り、自分の意見もしっかり示し、対人と、対自然の感覚を養ってきた。そこで学んだことは、地上の生活にも活かされている。
山の中は危険の連続だから、下界で起きるたいていのことはどうにでもなると思ってます(笑)。それと、山から帰ってきた直後は、大きな心ですべてを許せるし、悩んでいる人を見ると「ちっちゃいことで悩んでんな〜」と思ったり。とはいえ、それは山に定期的に行っているからで、コロナでずっと行けてなかったときは、私も精神が崩壊しそうでした(笑)。
都市で蓄積されたコリを、海外の山の生活で揉みほぐす。そうして自分の感覚を正常に戻してあげる。自然の力は偉大なのだ。

渡邊さんは8,000m峰14座の登頂を目指しているけど、登山をするのは好きではない。その証拠に、登頂をしたときに達成感はないという。ではなぜ、そんな高い山に登るのか。
8,000m以上の山に登るとなると、とても長い時間、価値観の違う誰かと過ごさなきゃいけないし、環境だっていつもと全然違う。だから予想もしない出来事が多々あって、驚きの連続なんです。その体験がしたいから、高い山に登っています。登ることが楽しいんじゃなくて、登頂するまでの数ヶ月間の過程が、私の大好きな時間なんです。

渡邊さんは、幼少期から国内外の自然に触れ合ってきた。そのおかげで、引っ込み思案だった性格もオープンになり、人とのコミュニケーションも上手くなっていった。だから、14座を登頂したあとは、もうひとつの目標がある。それは子供たちに海外の自然の魅力を伝えていくこと。
海外の空港に降り立ったときの匂いや、日本とはまったく異なる文化、そして圧倒的な自然。幼少期のそうした原体験があったからこそ、私もいろんなことに興味を持ち、自然へと向かうようになりました。やっぱり子供のときにしか養うことができない価値観や感性があると思っていて、それを、いまの子供たちにも伝えていきたいし経験してもらいたいと思っているんです。

あと、子供だけではなくて、日本には病んでる人もたくさんいる。そういう人たちも連れて行って、山でのあらゆる体験を通して「私の悩みなんてくだらない」って思ってほしいし、多くの人に山で癒されてほしいんです。友人を一度、ベースキャンプに連れて行ったことがあって、彼女は「登山はセラピーだ」って言ってましたね(笑)。

たぶん、プロの登山家であれば、そんな軽々しく誰かを連れて行くなんてことはしない。けれど渡邊さんは、まるで旅をするように8,000m峰に挑んでいる。だからこそわかる海外の山の魅力があって、純粋に、その魅力を多くの人に伝えたいのだ。ちなみに、エベレストもいまは整備が行き届き、敷居も高くなくなっている。
Photo:Kazuma Yamano
Text:Keisuke Kimura
Edit:Jun Nakada
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その道の達人たちに学ぶ、外遊びを全力で楽しむための秘訣。